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史跡柳之御所遺跡空撮

(5)柳之御所遺跡(やなぎのごしょいせき)【史跡】
 柳之御所遺跡は、奥州藤原氏の住居・政務の場であった居館の考古学的遺跡であり、『吾妻鏡』に記す「平泉館」の跡と推定されています。
 居館は、11世紀末期〜12世紀初頭に造営が開始され、奥州藤原氏が仏教に基づく理想世界の実現を目指し、平泉の造営を進める上での重要な起点となりました。また、中尊寺金色堂や無量光院など、仏国土(浄土)を空間的に表現した建築・庭園とも空間上の緊密な位置関係を持っていました。
 出土遺物の大半は12世紀のもので、その中には火舎・花瓶・輪宝などの密教儀礼に関わる仏具、小型の木製宝塔などの仏教関係の遺物を含まれます。その他、儀式などの宴会に用いられた10トン以上にも及ぶ膨大な量のかわらけをはじめ、中国産の白磁四耳壺及び青白磁皿の陶磁器類が出土しており、京都の貴族のみならず中国大陸との間に強い関係があったことを示しています。



井戸跡から出土した
かわらけ


遺跡を囲む大きな堀跡


溝跡から出土した
大量のかわらけ

東西に延びる道路跡
(両側の白線が側溝)

塀跡(へいあと)

堀にかかる橋脚の跡
(丸い穴)

大型建物跡 (立っている
人の位置が柱の位置)
 


常滑産大甕(とこなめさんおおがめ)


中国産陶器(黄釉褐彩四耳壷(おうゆかっさいしじこ)


中国産白磁四耳壷 (漆を
染み込ませた布が被せてある)

12世紀初め頃の高杯(たかつき)

松鶴鏡(しょうかくきょう)

中国景徳鎮(けいとくちん)産の青白磁碗

糸巻き

金づち

(のみ)

下駄

扇の骨(木製)

ちゅう木(トイレットペーパー
の代用品)

ちゅう木を使っている
子供の絵 『餓鬼草紙』より